近年の超分子化学の進歩により,様々な超分子構造体が見出され,様々な用途への応用が期待されています.超分子構造体は,低分子化合物が自己会合により形成する超分子ポリマー,高分子が自己会合して形成する高分子集合体,および低分子と高分子とが非共有結合で組み立てられた複合体に大別されます.本研究では,このうちの最後のカテゴリーに属す超分子構造体について研究を行いました.
Chart 1. Chemical structures of materials investigated.
選んだ系は,Chart 1 に示すポリアクリル酸ナトリウム(NaPAA)とコラーゲンモデルペプチドの一種である H-(Gly-Pro-4-(R)-Hyp)9-OH(GPO9)の水溶液です.後者の GPO9 は,片末端にアミノ基を有していますので,中性の水溶液中では,NaPAA のもつカルボキシ基との間の強い静電相互作用により複合体形成が期待されます.
Fig. 1. Mixing ratio dependence of the zero-scattering angle intensity of SAXS for a mixture of NAPAA and GPO in 20 mM (triangles) and 100 mM (circles) aqueous NaCl at 15 and 75 °C, and the schematic representation of complex formation for investigated α at 15 °C.
Fig. 2. Tm for GPO9 including NaPAA in pure water, 20 mM, and 100 mM aqueous NaCl.
Fig. 1 には,20 mM(三角)と 100 mM(丸)の NaCl 水溶液に溶かした NaPAA と GPO9 の混合物に対する小角 X 線散乱のゼロ散乱角での強度に比例する量 Ĩ(0) の混合比依存性を示しています.ここで,α はモデルペプチドに対する NaPAA モノマー単位のモル比を表します.図中の塗りつぶした印(赤丸,赤三角)は 75 °C のときの結果で,GPO9 が単一鎖として NaPAA とは独立に分子分散していると仮定したときの下側の直線(赤線)に従っています.他方,白抜きの印(青丸,青三角)は 15 °C のときの結果で,全ての GPO9 分子が三重らせんを形成して NaPAA 鎖に均等に結合したときの上側直線(青線)にほぼ従っています.ただし,α−1 が 1/3 の三角はこの理論線から下にずれており,全ての GPO9 分子が NaPAA 鎖に結合しているわけではないことを示しています.以上の結果から,75 °C では NaPAA と GPO9 は複合体を形成していませんが,15 °C では複合体を形成し,Fig. 1 の下図に示すように,GPO9 の含量が多くなると,過剰の GPO9 が分散状態で存在するようになると考えられます.
複合体を形成している GPO9 三重らせんは片末端のアミノ基がカルボキシ基で中和されているので,静電反発力が弱まっていて,熱的に安定化されていると予想されます.事実,Fig. 2 に示すように,円二色性から求めたGPO9三重らせんの融解曲線の中点の温度 Tm は,NaPAA 添加量(すなわち α)を多くしていくと,特にイオン強度の低いときに上昇してから飽和しています.同様な GPO9 の三重らせんの安定化は,他のアニオン性高分子電解質でも見出されましたが,GPO9 のアミノ基をアセチル化すると安定化は消失しました.
寺尾 憲,金永亮子,佐藤尚弘,水野一乗,H. P. Bächinger,第60回高分子学会年次大会(大阪),2F09 (2011).
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