大阪大学 大学院理学研究科 附属 熱·エントロピー科学研究センター

研究概要

研究概要

我々の生活や現代の産業を支える物質は、すべて原子・分子の集合体、凝集体です。20 世紀に入って確立した量子力学によって、物質の原子・分子レベルでのミクロな構造やそのエネルギー状態が明らかになり、それを基礎にした科学が今世紀の趨勢になっています。一方で、このような物質のもつ様々な機能は、ミクロな世界での相互作用を通じた協同現象となって発現します。
ミクロな自由度をマクロな系に結びつけ、分子の組織化等によって構造や秩序が形成されていくメカニズムを知るためには熱力学、統計力学的な視点が必須です。構造や秩序といった観点から系全体を支配する原理・原則を考える現代的なスタイルの熱力学研究は、基礎、応用を問わず、益々重要性を増していると言ってよいでしょう。このような観点から、本センターでは以下に示すような多岐にわたるサンプルの熱測定を通して、物質・生命における多様な物理現象の解明に挑んでいます。

磁性体の磁気挙動・相転移とスピン間相互作用の研究


分子磁性体のように、微細なエネルギー準位構造を形成する系の解析では、熱容量測定が大きな威力を発揮します。上図に示した鉄42核シアノ架橋錯体(Fe42錯体)は,分子内に含まれるFe(III)イオンが磁気的に相互作用することで、618 ≈ 約100兆通りものスピン状態を形成します。低温域における磁気熱容量はシンプルな平均場近似によって再現することが可能であり、エントロピーの値も18R ln6 = 268 J K-1 mol-1とおおむね一致していることから、 熱測定によって618個もの状態数が捉えられていることがわかります。

Nature Commun. 6, 8810 (1-7) (2015)


結晶中にゆるく束縛された原子・分子の特異なふるまい


多くの結晶中では、原子や分子は規則正しく配列しており、その配向や重心位置を簡単に変えることはできません。しかし、構造をうまく制御することで、結晶中でも分子や原子を比較的動きやすい状態に維持できれば、低温で分子運動が劇的に変化する興味深い現象を見出すことができます。上図は、球状のフラーレンC60分子の内部空間にLi+イオンを閉じ込めたときに、低温の結晶中で起こる面白い現象を示しています。Li+イオンは室温ではC60の中を周回運動しており、100 K以下で次第に2箇所に局在化、24 K以下で1箇所に局在化します。低周波数の振動モードを捉えるテラヘルツ分光測定と、秩序化のエントロピーを定量する熱容量測定を組み合わせることで、Li+イオンのダイナミックな挙動の詳細が明らかになってきました。

Phys. Chem. Chem. Phys. 18, 31384-31387 (2016).


固体表面に吸着した有機分子凝集体

 

我々は、自然科学のテーマとして、有機分子の自己集合に興味をもっています。走査プローブ顕微鏡を用いて有機分子の形そのものを画像化し、固体表面上で自発的に起こる秩序形成について研究しています。さらに、光照射、加熱、空気酸化などの外的な環境が凝集構造におよぼす影響を調べています。

Langmuir 35, 2123-2128 (2019).


個体発生の熱力学的アプローチ

Thermal dissipations during early development of the African clawed frog, X. laevis at various temperatures. They show a complete agreement by scaling with the characterisitic time of growth, τ which depends on temperature.

 

熱力学はエントロピーによって物事の発展を解明しようとする。熱力学の基本法則は作業物資に寄らないので、素粒子から宇宙、生物個体から社会までを含むあらゆる事象の生成、発展、進化を貫く普遍的法則となって現れる。なかでも化学熱力学は、確かにすべての物質変化を完全に説明し、熱力学の最も完成された領域となっている。一方、相互作用の時間が観測時間と同じくらいなり、平衡からも遠い、物質より上の階層、生物個体、社会は、熱力学の広大な未開拓領域として残されている。個体発生の熱力学的研究においては、詳細な代謝の化学連鎖を追うのではなく、個体全体を捉えようとする。そこでは、間違いなく熱測定が最も有効で信頼のおける手段となるのである。

Phys. Biol. 11, 046008 (1-12) (2014)


精密ミクロ燃焼熱測定による化学結合エネルギー決定

Strain energy in phenanthrene.

 

地上の生命活動や化学変化、化学平衡を厳密に記述するのに必要なエネルギーの最小単位は1 kJ/mol程度である。精密燃焼熱測定は物質の化学結合エネルギーをこれに見合う精度で決定できる最も有効な手段である。基本技術は1930年代、石油化学産業の勃興期に米国NBSで完成されたが、その後世界各地で改良が重ねられ、現在では当センターで開発された精密ミクロ燃焼熱量計が世界最高水準の装置となっている。しかし、残念なことに、精密燃焼熱測定は化学熱力学における最も基本的測定技術でありながら、たった1つの信頼すべき値を得るのに、多大な労力を必要とするため、今日若手の雇用が著しく不安定化している状況の下、キャリア形成には不利であり、世界中でこの研究の後継者はほとんど育っていない。測定技術が継承されないと、これまで積み上げられてきた実測値を評価できる研究者もいなくなることも警告しておかねばならないだろう。確かに、あらゆる化学結合は所詮電子間のクーロン相互作用の結果に過ぎないのであるから、計算機の発達した今日においては、Born-Oppenheimer近似の下、重い原子には相対論効果も取り込んで、100電子程度の第1原理計算を実行すれば、原理的には不安定化学種を含むすべての化学結合エネルギーを決定できるであろうから、もはや多大な時間を精密測定に費やすことは必要ないのかもしれない。いずれにしても、精密燃焼熱測定の技術が継承されるべきかどうかは化学界全体の問題であって、1個人研究者に委ねられるべきことではない。

J. Chem. Thermodyn. 33, 377-387 (2001)


生体分子や高分子の熱力学的挙動


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