Fig. 1. Possible schematic network structures of [M1M2(ox)3]n-: two-dimensional honeycomb (left) and three-dimensional helical (right) structures.
蓚酸イオン(ox2-)を架橋配位子とする集積型金属錯体 A[M1M2(ox)3](A:カウンター陽イオン;[M1,M2:金属イオン)は配位数が3という低い配位数をもち,Fig. 1 に示されるように,[M1M2(ox)3]n- における Δ 体および Λ 体の光学異性体の組み合わせにより,二次元蜂の巣構造か三次元螺旋構造の2種類の結晶構造をとる可能性があります.N(CnH2n+1)4+ や PPh4+(Ph:フェニル基)など比較的小さな陽イオンからなる錯体は二次元蜂の巣構造になり,[FeII(bpy)3]2+(bpy:ビピリジン)のような光学異性を有するかさ高い陽イオンからなる錯体は三次元螺旋構造になる傾向にあることがこれまでの研究からわかっています.私たちは,今までに二次元蜂の巣構造や三次元螺旋構造を示す幾つかの錯体の熱容量測定を行ってきて,これらの特異な構造を有することを熱力学的立場から示すことに成功してきました.今回,私たちは PPh4[MnIIFeIII(ox)3] の磁気的性質を詳細に調べるため,この錯体の熱容量測定と磁気測定を行いました.PPh4[MnIIFeIII(ox)3] は反強磁性体で二次元蜂の巣構造を示すことが報告されています(C. Mathoniére et al., Inorg. Chem. 35, 1201 (1996)).
試料は文献を基に合成し,元素分析から目的の錯体ができていることを確認しました.熱容量測定は研究室既設の断熱型熱量計とカンタムデザイン社製 PPMS を用いて行いました.また,磁気測定にはカンタムデザイン社製 MPMS を使用しました.
Fig. 2. Heat capacities of PPh4[MnIIFeIII(ox)3] by adiabatic calorimetry (upper) and relaxation method under magnetic fields (lower).
Fig. 3. Magnetic heat capacities of PPh4[MnIIFeIII(ox)3] by adiabatic calorimetry (upper) and relaxation method under magnetic fields (lower). Red curve indicates the theoretical curve for high-temperature expansion of antiferromagnetic Heisenberg model for two-dimensional honey-comb lattice with J/kB = −5.0 K.
Fig. 2 に試料の熱容量測定結果を示します.一見何も熱異常がないように見えます.また,熱容量の磁場依存性も見られません.磁気熱異常が隠れているかもしれませんので,正常熱容量を差し引くことにしました.正常熱容量は類似錯体 PPh4[MnIICrIII(ox)3](本レポート No. 17,研究紹介記事17)の正常熱容量から決定しました.Fig. 3 は全体の熱容量から正常熱容量を差し引いて計算した磁気熱容量です.30 K 付近を中心とするなだらかな山状の磁気熱容量が現れました.また,23 K 付近に磁気相転移によると思われる小さな肩状の磁気熱異常が見出されました.この磁気熱容量から磁気エントロピーを計算したところ,33.1 J K-1 mol-1 という値が得られました.この値は 2 mol の S = 5/2 スピンの磁気秩序化による期待値 R ln(6×6) = 29.8 J K-1 mol-1 と良く一致しています.また,磁気相転移温度の高温側の磁気熱容量は S = 5/2 二次元蜂の巣格子反強磁性ハイゼンベルグモデルの高温展開式でうまく再現でき,面内磁気交換相互作用は J/kB = −5.0 K と見積もられました.
図には示しませんが,磁化率測定から得られた有効磁気モーメントが温度上昇と共に増加したので,この錯体が反強磁性体であることが確認できました.キュリー・ワイス則に基づいてワイス温度を求めると −128 K となり,この値から平均場近似での面内磁気交換相互作用を計算すると,J/kB = −7.3 K となりました.この値は熱容量から得られた値に近い値です.残留磁化測定から反強磁性相転移温度が TN = 23.0 K と求められましたので,磁気熱容量に見られた 23 K 付近の小さな熱異常は反強磁性相転移によるものであることがわかりました.また,反強磁性相転移温度以下で磁気ヒステリシスが観測されましたので,この錯体はカントした反強磁性体(または弱強磁性体)であると言えます.
今回の錯体のような強い磁気交換相互作用をもつ磁性体では,磁気熱容量の計算に欠かせない正常熱容量の決定に類似錯体を用いる方法が有効のようです.私たちが研究している磁性体の中には,このように強い磁気交換相互作用をもつものがしばしば見られます.今後,より正確な磁気熱容量を決定するのに同様の方法を役立てたいと思います.
Y. Miyazaki, K. Schindler, and A. Inaba, 6th International & 8th Japan-China Joint Symposium on Calorimetry and Thermal Analysis (CATS 2011) (Hachiouji), 044 (2011).
宮崎裕司,K. Schindler,稲葉 章,第47回熱測定討論会(桐生),P13(2011).