研究紹介 11

Langmuir-Blodgett 法を用いた
ジアセチレン分子吸着層の構造と反応性の制御

二次元固体の構造は溶質,溶媒,基板の複雑な相互作用によって決定されます. 直鎖の一級アルコールのモノレイヤーは,一般にグラファイト基板表面でへリングボーン構造を形成しますが,ごく稀にパラレル構造を形成することが知られています. ここでいうパラレル構造とは分子軸と分子の配列方向(カラム軸)のなす角が約 90°になっている構造のことです. 2009年の本レポート研究紹介7では,キャスト法により作成した 10,12-pentacosadiyn-1-ol(25DYol)の二次元吸着相がほとんどの溶媒でへリングボーン構造を形成する一方で,1-heptanol を溶媒に用いるとパラレル構造を形成することを報告しました. このような溶媒効果に起因する構造変化は,溶質と溶媒の間の相互作用(主に水素結合)が二次元吸着相の安定性に大きく影響することを示唆しています. 本研究ではキャスト法ではなく Langmuir-Blodgett 法(LB法)を用いて 25DYol の吸着相の構造制御を試みました.LB 法を用いれば,吸着前のモノレイヤーの構造制御が可能となるからです.

Fig. 1 Fig. 1. Surface pressure versus area isotherms of Langmuir films of 25DYol on water subphase. Two cross marks indicate the points where the surface pressure is 20 mN/m and 0.3 mN/m.

(a) Fig. 2a

(b) Fig. 2b Fig. 2. STM images (19.6 nm × 19.6 nm) of monolayer of 25DYol physisorbed on graphite. The monolayer was obtained by LB method with surface pressure at (a) 0.3 mN/m and (b) 20 mN/m. The schematic overlay shows how the molecules are ordered on the surface.

LB 法とは,大きな疎水基と小さな親水基をもつ両親媒性分子を水面上に並べ,得られた単分子レベルの厚みの膜(L 膜)に基板をくぐらせて(ディップさせて)吸着相を得る手法です. 分子種によっては,それらの L 膜の水面上の分子密度を上げることで,Liquid 相から Solid 相への相転移が起こることが知られています. Fig. 1 に 25DYol の L 膜の表面圧の表面積に対するプロットを示します.測定は,一定量の 25DYol を水面に展開した後,水面の面積を小さくしていく方法で行いました. 面積を小さくして分子密度を上げると,表面圧が大きくなりますが,その傾きがある点(24 Å2/molecule)を境に変化します. 傾きが小さな領域が Liquid 相,大きな領域が Solid 相であると考えられます.面積が 22 Å2/molecule より小さくなると表面圧が低下しますが,これはモノレイヤーが壊れてマルチレイヤーが形成されたためと考えられます. 今回注目したのは,L 膜の状態が吸着相の構造にどのように影響するかという点です. そこで,表面圧 0.3 mN/m(Liquid 相)と表面圧 20 mN/m(Solid 相)で作成した二種類の単分子膜について構造を調べました. 構造観察には STM(Scanning Tunneling Microscopy)を用いました.

得られた STM 像を Fig. 2 に示します.観察は大気中(常温,常圧)のもとで行いました. Liquid 相から得られた吸着相(Fig. 2(a))は,分子軸がカラム軸に対して約 60°傾いていることから,へリングボーン構造であると考えられます. 一方,Solid 相から得られた吸着相(Fig. 2(b))は分子軸とカラム軸がほぼ垂直になっており,パラレル構造が得られたことがわかります. つまり,LB 法でディップする際の表面圧によって二次元吸着相の構造が制御できるということが示されました.

一般的に,低分子直鎖一級アルコールのへリングボーン構造とパラレル構造では,ヘリングボーン構造がより安定である考えられています. というのは,へリングボーン構造におけるヒドロキシル基の水素結合エネルギーの方が,パラレル構造のものよりも低いためです. したがって,パラレル構造は準安定な構造だと考えられます. 今回,25DYol の Solid 相からパラレル構造が得られたメカニズムとして,L 膜の分子密度が高いと L 膜内の分子の運動が制限され,分子が基板に吸着する際に安定構造(へリングボーン構造)への分子再配向が起こりにくくなるというものが考えられます.

ところで,ジアセチレン化合物は熱や紫外線照射により隣り合う分子のジアセチレン基が反応してポリマー重合することが知られています. 今回 LB 法で得られた二種類の構造のモノレイヤーに紫外線を照射したところ,パラレル構造のみでジアセチレン基の重合が観察されました. 同様の結果は,キャスト法で得られたパラレル構造の吸着相でも得られました.パラレル構造では,隣り合う分子のジアセチレン基が接近しているため,重合反応が効率よく進むと考えられます.

(谷幸多朗,高城大輔)


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