研究紹介 14

有機磁性超伝導体 κ-(BETS)2FeCl4
磁気相転移の熱力学的性質

BETS 分子と FeX4(X = Cl,Br)イオンからなる電荷移動錯体は BETS 分子により形成される層と FeX4 からなる層が交互に積層した結晶構造を形成します. このような系では,BETS 層中の π電子と FeX4 上に存在する d 電子が相互作用することで,磁気秩序と超伝導の共存や磁場誘起超伝導など伝導性,磁性などに興味深い現象が現れます. 本研究で注目した κ-(BETS)2FeCl4T = 0.47 K で π 電子系は金属性を保ったまま,d 電子系が反強磁性転移を起こし,T = 0.11 K で π電子系が超伝導転移を起こす物質です. 本研究では特に κ-(BETS)2FeCl4 の示す磁気転移について,磁場依存性などについて詳しく検証しました.

Fig. 1 Fig. 1. Cp vs T curve of κ-(BETS)2FeCl4. The large thermal anomaly corresponds to magnetic phase transition originated from localized 3d electrons.

Fig. 2 Fig. 2. Temperature dependence of magnetic entropy of κ-(BETS)2FeCl4.

Fig. 3 Fig. 3. Cp vs T curves of κ-(BETS)2FeCl4 under magnetic field. Magnetic fields are applied parallel to a-axis and c-axis.

測定は本レポート装置の整備2で紹介した超伝導マグネットに取り付けた VTI 内で使用可能な小型希釈冷凍機を用い,測定温度域 0.1 K から 2 K の範囲で行いました. 試料は49.2 μg単結晶を用い,横磁場が印加可能なスプリットマグネットと組み合わせることで,伝導面に平行に磁場を印加して行いました.

Fig. 1に0 Tでのκ-(BETS)2FeCl4の熱容量測定の結果を示します. 0.47 Kに非常に鋭い熱異常が見られました. これは昨年の熱学レポート(2010年研究紹介15)と同様の結果であり,先行研究の磁化率測定での値と一致した結果です. 熱異常の形状は転移温度を中心として対称な形状をしており,この磁気転移が2次元的であることを示唆しています. 2 K付近まででは磁気転移の熱容量への寄与に対して,格子熱容量は無視できる程度であるとして,磁気エントロピーを評価したところ,Fig. 2 に示すように 2 K まででほぼ Rln6 という結果が得られました. これはFe3+S = 5/2)の持つスピン自由度から予測されるエントロピーの値に一致しています. 転移温度以下での磁気エントロピーの値は全磁気エントロピーの 46 % 程度であり,高温域にエントロピーが残っていることが分かります. このこともこの磁気転移が2次元性を持つことを示唆する結果です.

次に伝導面(ac 面)内に磁場を印加した場合の結果を Fig. 3 に示します. Fig. 3 の結果から分かるとおり,ac 面内で強い磁気異方性が存在することが分かりました. 各方向に磁場を 0.5 T 印加した場合の転移温度の変化は a 軸方向に印加した場合が一番大きく,c 軸方向に印加した場合が最も変化が小さいという結果が得られました. さらに,各軸方向への磁場印加強度依存性を調べたところ,a 軸方向に印加した場合は,磁場印加に伴い熱異常が急激に低温側に変化していくのに対し,c 軸方向では,0.5 T までではほとんど磁場で転移温度が変化しないという結果が得られました. 以上の結果は a 軸方向が d 電子の容易軸に対応していることを示しています.

以上に記した転移温度での熱異常に加えて低温域 0.3 K 付近に小さな hump のようなものが見られました. この詳細は現在解析中ですが,同じ組成を持ち,結晶型の異なる λ-(BETS)2FeBr4, π電子系が金属絶縁体転移を示した後,転移温度より低温領域で熱容量に d 電子系に由来すると思われるブロードな熱異常が観測されており,この結果と何らかの関係があることが予想されます.

また,今回,0.11 K 付近に存在する超伝導転移の検証も試みましたが,最低到達温度が 0.1 K と十分でないことから,検出することができませんでした. 今後は,κ-(BETS)2FeCl4 での超伝導転移の検証を目指すとともに,反強磁性転移温度,超伝導転移温度が共に κ-(BETS)2FeCl4 より高い κ-(BETS)2FeBr4 について,希釈冷凍機を用いて測定を行うことで,超伝導転移および,磁気秩序と超伝導の共存相についても熱的観点から検証していこうと考えています.

(福岡脩平,中澤康浩)

発 表

S. Fukuoka, T. Yamamoto, Y. Nakazawa, A. Kobayashi, and H. Kobayashi, the 9th International Symposium on Crystalline Organic Metals, Superconductors and Ferromagnets (Poznań, Poland), P-11 (2011).

Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.