研究紹介 18

極低温熱容量測定による
ナノグラフェンのエッジスピン状態の研究

炭素原子が蜂の巣状に六角形格子構造をとっているグラフェンは二次元π電子系をもち,特異な量子ホール効果や高い電子移動度など,その電子物性について盛んに研究が行われている物質であります.またグラフェンの端には,幾何学的に異なるジグザグ端とアームチェア端という二つの端が存在し(Fig. 1),この内ジグザグ端にはフェルミ準位近傍に非結合p電子状態が存在し,局在スピンが発生することも知られています.端の影響はバルクのグラフェンでは無視することが出来ますが,ナノメーターサイズのグラフェンでは端の割合が増大し,ジグザグ端由来の局在スピンの影響がより顕著に発現すると期待されます.ナノグラフェンでは伝導を担う電子とジグザグ端の孤立した局在スピンが共にπ電子由来であるため,通常とは異なる電子スピン相互作用が存在し,興味深い物性を顕すと考えられます.

Fig. 1 Fig. 1.Two types of edge structures of grapheme (○zigzag, ◊armchair)

Fig. 2 Fig. 2. Cp vs T curves for 4 types of graphitic samples. Nanographene has larger lattice heat capacity than graphite.

東工大榎,高井グループらによってナノダイアモンドの加熱処理により合成されたナノグラフェン,及び更に 1650 °C で加熱処理した HTT1650(High Temperature Treatment at 1650 °C)の二種類のサンプルを用いました.阪大化学熱レポート2010年度装置整備2で報告しました研究室既設の 3He-4He 希釈冷凍機を用い,0.12 K から極低温熱容量測定を緩和法で行いました.通常は熱伝導を良くするために Apiezon N グリースを用いますが,グラフェンが物理的・化学的吸着に弱いと考えられるため,2 – 3 mg の粉状のサンプルを袋状にした銀箔で覆い,押し固めることで熱接触を良くした状態にして,測定を行いました.また局在スピンの磁場依存性を調べるため,7 Tまでの磁場中での熱容量測定も行いました.

Fig. 2 に熱容量測定結果を示します.まず二つのサンプルの格子熱容量に大きな差が生じています.また,格子熱容量の温度依存性を調べると,ナノグラフェンでは 2 K 以上で T 2 に比例し,2 K 以下の低温では T 3 に比例する一方,HTT1650 では 1 K – 10 K の温度範囲で T 2 に比例することが分かりました.これらの結果を先行研究のグラファイトの熱容量と比べますと,ナノグラフェンはかなり大きい格子熱容量を持つ一方で,加熱した HTT1650 はグラファイトに近い格子熱容量を示していることが分かります.これについては先行研究で高温処理によって化学的に不安定なジグザグ端が端同士で結合し,二枚以上のシートが徐々に一枚に変化していく現象が報告されています.つまり格子熱容量の差は結合によってナノグラフェンのシート一枚の大きさや層間距離などがグラファイトに近づいたことを反映している結果と考えられます.温度依存性についてはナノグラフェンではグラフェンの二次元格子を反映して T 2 に比例しますが,実際には三次元固体であることを反映し低温で T 3 に比例していると考えられます.一方,HTT1650 では,シート間が結合することでグラフェンシートの二次元的な性質がより強くなり,低温まで T 2 に比例するようになったのかもしれません.

また格子熱容量を差し引き磁気熱容量を求めました.磁場に対する依存性は S = 1/2 のゼーマン分裂によるショットキー比熱でよく表され,0 T においてもゼーマン分裂による熱異常を観測しました.つまり局在スピンは常磁性状態で存在していると考えられ,またナノグラフェン中の内部磁場は 0.5 T 程度であり,この起源については詳しくは分かっておりませんが,現在は伝導電子との相互作用として捉えることが可能ではないかと考えています.また磁気エントロピーを求めることにより,ナノグラフェン中の局在スピン密度を求めると,それぞれ1.5,0.4 × 1019 spins g−1 と見積もることが出来ました.これらは,先行研究の磁化・ESR 測定とも概ね一致した値を示しています.格子熱容量の変化と合わせて考えると,構造変化を伴うジグザグ端の結合としてスピン数の減少が理解出来ます.

1 K 以下の低温では,温度の一乗に比例する項が存在していることが分かり,ナノグラフェンと HTT1650 でそれぞれ 760 µJ K−2 C-mol−1,58 µJ K−2 C-mol−1 という係数が得られました.温度の一乗に比例する項としては一般に電子比熱が知られていますが,グラファイトの電子比熱係数は20 µJ K−2 C-mol−1 程度と報告されていますので,かなり大きな値をとっていることが分かります.試料のキャラクタリゼーションまで含めて,総合的に議論する必要がありますが,一つの可能性として局在スピンとの相関によって有効質量が大きくなったことを反映していると考えられます.また磁場を印加すると電子比熱係数は変化していき,3 T 以上の磁場で小さくなっていくことも分かりました.

(堀江裕樹,中澤康浩)

Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.