圧力を制御することは,分子・原子間の距離を変化させるため,物性と構造の関係を調べるうえで重要となります.ピストンシリンダー型圧力セルを用いて圧力下熱容量測定を行う場合,交流法による測定が適しています.交流法では,試料に直接ヒーターと温度計を取り付けて測定を行う必要があります.これまで我々が行ってきた温度計に酸化ルテニウムチップを用いた圧力下熱容量測定(本レポート No. 27 研究紹介3等)では,主に 14 K 以下の低温で測定を行い,それ以上の温度での測定には向きませんでした.そこで今回は交流法の測定温度範囲を 20 K 以上の高温側へ拡張することを目的として,装置の改良と Fe3O4 の熱測定を試みました.
Fig.1. Temperature dependence of electronic resistance of Pt chip under various pressures. The temperature dependence of resistance of Pt chip is in proportion to temperature above 20 K. Inset shows the resistance from liquid helium temperature to ambient temperature under ambient pressure.
Fig.2. Magnetic susceptibility of Fe3O4 at ambient pressure. It shows a step like anomaly around 124 K.
Fig.3. Heat capacity of Fe3O4 from 110 K to 140 K under various pressures. The peak structure around 125 K is associated with Verwey transition, and this anomaly broadens gradually with increasing pressure.
交流法では,交流熱流で生じる試料温度の振幅をサンプル温度計によって検出して熱容量を測定します.本装置では交流ヒーターとして研究室で以前より報告している通り 1 kΩ の酸化ルテニウムチップを用いました.サンプル温度計として今回は,100 Ω の白金薄膜チップを用いることにより測定温度域の拡張を図りました.まず今回用いた白金薄膜チップの電気抵抗がどの温度域で直線であるかを確認するために常圧下での電気抵抗を測定しました.その結果は Fig. 1 に示したように 20 K 付近から室温以上まで一定の傾きを持っています.そのためこの温度域では一定の感度で測定できることが期待されます.また,圧力下での白金薄膜チップの電気抵抗を測定し,圧力印加による影響を調べました(Fig. 1).その結果 1.05 GPa までは圧力下でも常圧の電気抵抗と大きな差は見られず,常圧と同様の感度で測定できることがわかりました.
Fe3O4 はよく知られた磁性物質で,スピネル構造(AB2O4)をしています.常温では四面体の頂点(A サイト)を Fe3+ が占めており,八面体の頂点(B サイト)を Fe2+ と Fe3+ が占めています.室温から冷やしていくと 125 K で鉄のサイトが電荷分離を起こし秩序化する,Verwey 転移を起こすことが知られています.この物質について電気抵抗測定や分光測定などが行われており,高圧をかけることにより転移温度が下がるという報告がされています.しかしながら 1 GPa 以下での圧力印加による Verwey 転移の変化については報告例がほとんどありません.そこで白金薄膜チップを温度計として用いた交流法熱容量測定により,常圧から 1 GPa 以下での転移点付近の熱容量を測定しました.
まずサンプルが良質なものであるかどうかを調べるために,SQUID により磁化率を測定しました.その結果が Fig. 2 です.124 K 付近に磁化率のステップを観測しました.報告されている Verwey 転移温度とほぼ一致しますので,このステップは Verwey 転移によるものであると思われます.次に同様のバッチからとった試料を用いて熱容量を測定しました.用いた結晶は 2 – 4 mg 程度の粉末結晶で,ペレットにして交流ヒーターとサンプル温度計を直接取り付けて測定しました.その結果が Fig. 3 です.熱容量測定においては 125 K 付近に熱異常が観測でき,これは磁化率測定において観測されたステップの温度とほぼ一致しますので,Verwey 転移を観測することに成功しました.また,圧力を印加するにつれてピークの形状がブロードになっていく様子が観測できました.常圧下で観測したピークはシングルピークでしたが,0.85 GPa では肩をもった形に変化しました.今回は 1.05 GPa まで圧力を印加しましたが,転移温度についてはほとんど変化しませんでした.この圧力以下で転移温度が変化しないという結果は先行研究と一致します.しかしながら,圧力印加に伴いピークの形状が変化したことは転移点付近で微視的な状態が変化したことを示唆しています.各圧力下で測定を終えた後,再び常圧で測定を行いましたが,再現性よく圧力印加前と同様の測定結果となりました.そのためピーク形状の変化は,試料が圧力印加により壊れてしまったことによるものではないことがわかります.今後は,ピークの形状が変化した圧力付近において印加圧力を細かく設定し,さらに高圧下での測定を行うことによって,変化の詳細を追いたいと考えています.
段田麻佑,村岡佑樹,山本 貴,中澤康浩,第47回熱測定討論会(桐生),P09 (2011).