Fig. 1. Magnetic heat capacity of volborthite at low temperature around 1 K in a CmagT −1 vs T plot. The extrapolations of the date at H = 0 above and below 1 K down to T = 0 give the coefficients of the T-liner term in the magnetic heat capacity. The T-liner term disappears under magnetic fields above 5 T.
Fig. 2. Magnetic heat capacity of volborthite at low temperature around 1 K in aCmagT −1 vs T plot. Rather broad peak-like structure which is sensitive to magnetic field was observed. Schottky anomalies owing to Cu nuclei were observed below 0.6 K.
Fig. 3. Magnetic heat capacity of volborthite below 0.6 K in a CmagT 2 vs T plot. Dot-lines show high temperature limit approximation of nuclear Schottky anomalies.
ボルボサイト(Volborthite: Cu3V2O7(OH)2⋅2H2O)は,地球内部の高圧下で生成される黄緑色の天然鉱物です.その人工的な合成は非常に困難でしたが,東大物性研の廣井グループにより良質な試料が得られるようになりました.ボルボサイトの結晶は S = 1/2 のスピンが Cu2+ 上に存在し,それが二次元のカゴメ格子構造をとっています.二次元のカゴメ格子化合物は,三角格子と同様にスピンのフラストレーションをもつ物質であり,さらに理想的なカゴメ格子では,三角格子よりもフラストレーションが強いことが知られています.その結果,低温までスピンが磁気的に秩序化せず,基底状態では液体のようになることが予想されています.いわゆるスピン液体という状態です.我々は昨年度,ボルボサイトとその Cu サイトを非磁性の Zn に置き換えた化合物 Zn3V2O7(OH)2⋅2H2O を含めた測定を行い,格子熱容量を評価し,低温での磁気熱容量の磁場依存性を報告しました(Fig. 1).その結果から,1 K 以上はスピン液体的であり,それ以下では何らかの凍結が起こっていることが示唆され,さらなる低温での状態に興味がもたれていました.今回は同一手法で合成された新しい試料を用いて,1 K における熱異常とさらなる極低温域での比熱の振る舞いを議論しました.
測定は研究室既設の 3He-4He 希釈冷凍機を用いて緩和法で行いました.粒形の細かい粉末のため,試料内部での熱分布が起こらないように直径 1.5 mm,厚さ 0.3 mm 程度の大きさに成形したペレット試料を用いて熱測定を行いました.
Fig. 2 に磁気熱容量の温度依存性を CmagT −1 vs T のかたちでプロットしています.より低温まで測定したデータから,昨年度の考察では外挿していた 0.8 K 以下でのCmagT −1 の下降を確認することができました.さらに低温側の 0.6 K 以下では大きな熱容量の増加が観測されました.Fig. 3 に 0.6 K 以下の磁気熱容量の温度依存性を CmagT 2 vs T のかたちでプロットし,ショットキー型比熱の高温極限を見積もりました.磁場の強さに比例して高温極限の値も増加していることが分かります.このことからこれは電子スピン由来のものではなく,銅の核比熱によるショットキー型の熱異常であると思われます.磁場に対する高温極限の値から 0 T におけるエネルギーギャップの大きさを計算すると,約 6.2 mK となります.この値から,内部磁場はほとんどないことが想像されます.
0 – 3 T では 1 K 付近にブロードなピークが確認でき,この試料では,以前から知られていた T * = 1 K での変化がより相転移的になっているように思われます.NMR 測定などでスピン緩和時間に大きな異常があることが知られており,熱測定の結果と一致しています.しかしながら,前回のデータと比べ Figs. 1,2 の温度域で全体的な熱容量の低下も見られ,0 – 3 T で特に顕著な低下となっています.前回と今回の熱容量の減少分は 0 T のデータを比較すると,エントロピーにして約 13 mJ K−1 mol−1 の減少となりました.高温でのデータの一致はよく,基底状態近くで残っているほんのわずかなエントロピーが関与している現象と思われます.また,1 K 以下における γ 項は低温のショットキー型比熱のために正確に見積もることはできていませんが,ほぼ 0 mJ K−2 mol−1 まで落ちていくようにも見えます.高温部の本質的な部分は変わらず,ギャップレスだったものがギャップの空いた状態に変わるというのは,わずかな格子歪みや欠陥に起因するものであると考えられます.また,このピークによるエントロピー変化は Rln2 の 1 % 程度の非常に小さいものであるので,局在スピンの相互作用が変化したりしたものではなく,スピン液体中での何らかの短距離的な秩序形成に由来するものだと示唆されます.昨年度のデータ,今回のデータ共に 1 K 付近に現れた熱異常は磁気的な変化であると思われますが,エントロピー変化としては Rln2 の 1 % 程度であり,非常にデリケートな相違であると思われます.二次元カゴメ格子内に生じる短距離的な磁気的秩序が,なんらかの形でスピン液体の不安定性を解消していると考えることができるかもしれません.
森下知志,堀江裕樹,福岡脩平,中澤康浩,吉田紘行,岡本佳比古,廣井善二,第47回熱測定討論会(桐生),3B1140 (2011).